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大阪高等裁判所 平成元年(ネ)703号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の本訴請求を棄却する。

二  被控訴人

主文同旨

第二  当事者の主張

次のとおり付加、訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

一  原判決二枚目表六行目の「次の」の次に「災害割増特約及び傷害特約付きの生命」を付加し、同八行目と九行目の間に「内訳 主契約に基づくもの金二五〇〇万円、災害割増特約によるもの各金五〇〇万円、計金一〇〇〇万円」を附加挿入し、同裏一二行目の「規定」の次に「(以下「本件犯罪免責条項」という)を、同末尾に「そして、右犯罪行為と死亡の間の因果関係は、その死亡について生命保険金を支払うことが社会的一般的に容認できるか否かの観点から認定されるべきもので、相当因果関係の存在を前提とすべきものではなく、保険者免責の範囲としてとらえ、事実的因果関係があり、かつ、右見地からみて、犯罪によって死亡したとするのが妥当であり、保険者が免責されるのが当然であると認められる場合をさすと解すべきであるから、本件は健一が犯罪行為の逃亡中に発生した死亡であるので、犯罪との因果関係が存する。」を付加する。

二  同三枚目表一〇行目と一一行目の間に「3 仮にそうでなくても、本件保険契約の災害割増特約第一条第一項(1)(イ)、傷害特約第一条第一項(1)(イ)は、控訴人において災害死亡保険金を支払わない場合として、『被保険者が、被保険者の故意又は重大な過失によって死亡したとき』と規定しているところ、健一の右死亡は、少くとも右「重大な過失」によって死亡した場合にあたり、死亡保険金額のうち、右両特約による保険金一〇〇〇万円部分については支払義務がない。」を付加挿入し、同一二行目の「事実は認める。」を「約款の定めは認めるが、その余は争う。」と訂正し、同裏二行目と三行目の間に「3 抗弁3は、仮に約款上控訴人主張の規定があったとしても、重過失にあたることは否認する。本件死亡は全くの突発的、偶発的事故であって、強盗行為に伴って通常発生する結果でなく、予見可能性は存しないから健一には過失はない。」を付加挿入する。

第三  証拠〈省略〉

理由

一  請求原因1ないし3、抗弁1の本件約款の定めについては当事者間に争いがない。

二1  ところで、本件犯罪免責条項の趣旨は、商法六八〇条一項一号と同様に、被保険者が犯罪により死亡したときにまで保険金を支払うことは犯罪者をして後顧の憂いなく犯罪行為に走らせるおそれが否定できず、一般に公益に反するおそれがあるという考慮による。しかし、他方、かかる場合は被保険者が保険金受取人に保険金を取得させる目的で死亡するものとはいえず、また、保険金受取人の立場からみれば、やはり偶然の出来事による被保険者の死亡にほかならず、さらに死亡保険が遺族(通常は保険金受取人)の生活保障を主目的としていることを併せ考えれば、右約款の『犯罪行為によって死亡したとき』とは、犯罪行為と死亡との間に条件関係としての事実的因果関係があれば足りるものと解すべきでなく、右因果関係のうち、一般公益を代表すべき一般人からみて、当該犯罪行為(着手から終了まで)に伴って相手方、第三者の介在を問わず通常発生すべき、または予見しえた関係にある死亡に限る、すなわち、犯罪行為と通常の因果関係にある死亡に限ると解するのが相当である(右は民法四一六条所定のいわゆる相当因果関係と異なることは事柄の性質上いうまでもない)。

2  そこで、本件について右因果関係の存否(抗弁2)についてみる。

〈証拠〉を総合すれば、次の事実が認められる。

(一)  健一は昭和六一年一一月三日午後六時一〇分頃、金員を強奪しようと企て、大阪府三島郡島本町江川二-三-一所在のスーパー「ダイエー水無瀬店」にピストル(黒紐で健一のズボンベルトに連結され、健一はこれを右手に携えていた。)を持って押し入り同店二階奥の事務室に至ったが、店員等に騒がれ店長や庶務課長から木製看板やポリバケツの蓋等で殴りかかられ抵抗され格闘となったため金員強奪をあきらめ、侵入経過を逆もどりして二階廊下から階段を経て一階入口より逃走しようとした。

(二)  右両名は健一のピストルを本物と思わず、体力に自信があったため、同人を逮捕すべく追いすがったところ、同人は途中階段附近で威嚇射撃をし、店長を負傷させたが、負傷に気付かない同人と庶務課長になおも追跡され、くみつかれながら階段をかけおり逃走して一階直近の踊り場まで至り、課長からまたもタックルをかけられるなどしたため、健一はあわてて足をふみはずし、約四段程の階段を、まとわりつく右両名と共にころがり落ちた。

(三)  そこで、健一は早速まとわりつこうとする右両名から逃れるべく、立ち上ろうと中腰になった際、銃声と共に健一の身体がくずれ、右両名が夢中でつかまえたところ、健一は頭部から出血し、左手附近にピストルがころがっていた(右両名はここで始めてピストルが本物であったことを知った)が、右両名とも右銃声時の健一の挙動をみる余裕がなかった。

(四)  健一は即死状態であり、死体検案書によれば、死因は頭部銃創による脳挫傷兼頭蓋底骨折とされ、健一の遺体の司法解剖に当たった医師は、「受傷状況等については弾は左こめかみから右耳下頭皮まで殆ど一直線に貫通しており、極めて至近距離(一〇センチメートル以内)から発射したものと考えられ、左手に持ち替えて撃ったと考える方が自然である。ピストルが暴発したものか、健一が自殺目的で自ら撃ったものかは傷の状況のみでは判定できない」としている。

以上のとおり認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

なお、〈証拠〉によれば、本件事件の捜査官が、控訴人より依頼を受けた調査担当者に対し、健一の本件死亡は自殺である旨を強く匂わせる発言をしていることが認められ、証人舛田光伸の証言中には、健一の死が計画的自殺のようにのべる部分があるが右証言部分は単なる伝聞と根拠不十分な推測の域を出ず、直ちに措信できず、右捜査官の発言も、その発言のなされたいきさつが不明であるうえ、前認定の事実によれば、死亡時の状況は未だ健一がもはや逃げ切れないものと判断する程まで切迫したものと認められず、また、覚悟の自殺ならば、右ききの右手によりピストルを発射すれば足りるのに、左手に持ちかえている右認定事実とも整合せず、結局、根拠不足の推測の域を出ず、直ちに措信できず、他に右健一の死が自殺であると認めるに足る証拠はなく、かえって、右認定事実によれば、ピストルの発射は、健一が逮捕をまぬがれようとして、ピストルを左手にもちかえ、右手を使って、まとわりつく店員両名を排除などして立ち上ろうとした際、何らかのはずみで暴発したものと推認でき、右推認を妨げる証拠はない。

そうすると、健一は強盗を未遂に終り、逃走中に、追跡逮捕者にまとわりつかれ、これからのがれようとあせる最中、所携のピストルが暴発したことにより、死亡したものというべく、右暴発は社会一般人からみて、本件のようなピストル携行の強盗行為に伴って、通常発生すべき結果とはいえず、また、右暴発は強盗行為に対し当然予見しうべき正当防衛的行為にかかるものでもなく、未遂逃走中における偶々勇敢な私人の追跡逮捕行為をきっかけとして、そのなかで、ピストル自体のうばい合いなどの行為と関係なく経過不明の状況で生じたものであって、社会一般人からみて、本件強盗行為の当時予見が可能であったとは、にわかにいいがたいというべきであって、他に右予見が可能であったことを認めるに足る証拠はない。

したがって、健一の本件強盗行為と本件死亡との間には前記約款所定の『犯罪行為による』関係は肯定できず、本件犯罪免責条項の適用の余地はなく、抗弁2は理由がない。

三1  つぎに抗弁3につきみるに、〈証拠〉によれば、本件保険契約に付された災害割増特約及び傷害特約には同抗弁主張どおりの免責条項が定められていることが認められる。

2  ところで、右各約款の定める『重大な過失』とは、損害保険給付についての免責事由を定める商法六四一条及び八二九条にいう「重大な過失」と同趣旨のもので(最高裁第一小法廷昭和五七年七月一五日判決、民集三六巻六号一一八八頁参照)、被保険者の故意(自殺等)又は重大な過失により保険事故を招致した場合に保険金を支払うことは、保険当事者に要求される信義則に反するとする趣旨によるものであって、この趣旨に照らせば「重大な過失」とは、通常人に要求される程度の相当の注意をしないでも、わずかの注意さえすれば、違法有害な結果を予見することができた場合であるのに、漫然予見しなかった、ほとんど故意に近い著しい注意義務違反をいうと解すべく、しかも、それは予見可能性を前提とするものである。

3  これを本件についてみるに、前項の認定、判示によれば、被保険者たる健一においても、本件暴発による死亡結果を強盗行為のいずれの時期においても予見しえたということはできず、他に右予見ができたことを認めるに足る証拠はない。そうすると、その余の点につき考えるまでもなく、健一について、本件死亡がその重大な過失によるとはいえず、同条項の適用の余地もなく、抗弁3も理由がない。

四  してみると、控訴人は被控訴人に対し、本件死亡保険金三五〇〇万円の支払義務があるというべきである。

なお、被控訴人は、遅延損害金として商事法定利率年六分の割合によるそれの支払を求めているが、保険相互会社のなす保険の引受は商行為ではないから、商法五一四条等商法商行為編総則の商行為一般に関する特則が当然に適用されることはないのであって、原告の遅延損害金請求は、被告に対し、履行催告の日の翌日である昭和六二年一月二四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるというべきである。

五  以上の次第で、被控訴人の本訴請求は前項で述べた限度で理由があるから正当として認容し、その余は理由がないから失当として棄却すべく、右同旨の原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、民訴法三八四条、九五条、八九条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 潮 久郎 裁判官 杉本昭一 裁判官 村岡泰行)

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